1、    はじめに

    本来ストレスは生きていくうえで必要不可欠であり、誰もが感じるライフイベントであるが、生活様式や職場環境の変化などによりスピードが求められる現代では、誰もが過度のストレスを抱えて生活している。このストレス社会とともに増加しているのがうつ病である。今、うつ病が注目され、多くの研究がなされている。

 

2、    選んだキーワード

「うつ病」 「脳機能」

 

3、    選んだ論文の内容の概略

 

@「精神疾患とサイトカインの相互作用‐うつ病との関連性」 那波宏之

 

  サイトカインとは広義に、細胞間の情報を伝達する可溶性タンパク質の総称であり、細胞の増殖や分化、細胞死などの調節に関与する。サイトカインの機能は、単一のサイトカインがさまざまな活性を持つ重複性および複数のサイトカインが同一の作用をもつ多様性によって特徴づけられる。中枢神経系細胞からのサイトカイン産生が報告されている。さらに脳内で視床下部と辺縁系を中心とする領域で炎症性サイトカイン受容体の存在もすでに明らかにされている。サイトカインには特異的に結合する多様な受容体分子種が存在し、膜型以外に可溶性受容体の存在もみとめられている。神経栄養因子とは神経細胞の発生、分化、生存維持に関与するタンパク質の総称である。

サイトカインの慢性的活性である分化発達促進などに加え、このような栄養因子は急性に脳神経細胞に作用してシナプス伝達に影響を与えることが知られている。シナプスへの急性、慢性作用を裏付ける現象が、臨床医学の現場で観察されている。それが抗癌治療に代表されるサイトカイン治療である。実にさまざまなサイトカインが、抗ウイルス治療、抗癌治療のためにヒトに処方されている。これらの治療はすべて抹消投与が行われているにもかかわらず、一部の患者では脳に作用して異常な精神状態を引き起こしたのである。もっとも有名なのが、C型肝炎の治療に用いられているインターフェロンである。このように、実際にこれらサイトカインは、直接であれ間接であれ、脳神経細胞に作用し、さまざまな精神活動を誘起できるのである。

サイトカインの脳内の発現量は、シナプス可塑性の引き金となる神経活動により強く影響されることが多いことがかねてよりよく知られていた。一方、脳内サイトカインは通常ではその発現量は微々たるものであるが、ストレスや脳損傷、感染などを受けると大量に誘導される。加えて現在では、誘導されたサイトカインは、より慢性的に脳内モノアミン放出と代謝に影響を与えることで、実際の脳内ストレス反応を一過性に励起しているのではないかと推測されている。

脳内モノアミンの不足によりうつ病が生じるというモノアミン仮説が唱えられた。モノアミンのなかでもセロトニン神経系の機能低下がうつ病の原因として重要であるとするセロトニン選択的取り込み阻害剤がうつ病に有効であることの論理的根拠として注目されている。心因性ストレスがIL-1を海馬で誘導できることと、IL‐1の脳内投与で脳内モノアミンの代謝が亢進することが報告されている。実際、急性期タンパク質の血漿濃度は、うつ病患者が対照者より有意に高いことが最近の研究で示されている。これら急性期タンパク質は炎症性サイトカインにより誘導、活性化されることからサイトカインの関与が濃厚である。炎症性サイトカインがセロトニン前駆物質のトリプトファンを減少させることは、うつ病のセロトニン仮説に合致する。一方、ストレス負荷によって誘導されたIL‐1は、視床下部‐下垂体副腎を活性化して、グルココルチコイドの放出をする。脳の海馬において、グルココルチコイド濃度の上昇は虚血や低酸素などに対する神経細胞への細胞毒性を著しく強化してしまうのである。実際、そうしたなか、心的外傷後ストレスしょうがい(PTSD)やうつ病の患者では側頭葉や海馬サイズの萎縮が報告されている。

同様に、神経栄養性因子BDNFの関与も提唱されている。IL‐1βはこのBDNFの産生を抑制する作用が知られているので、ストレスによるIL‐1の誘導とも無縁ではない。実際、主種のうつ病モデル動物の辺縁系ではBDNFの低下は抗うつ薬投与で阻害されることが知られている。学習性無力や強制水泳で無動を示すモデルラットに対し、BDNFを脳室内投与するとこの行動異常が改善されるといわれている。この現象もBDNFがドーパミン神経の栄養因子として作用して、モノアミンの代謝を促進することからその説明がつく。それでも精神疾患を対象としたサイトカイン研究にはいくつかの問題点が存在する。今後サイトカインの遺伝学的あるいは分子生物学的研究が精神疾患の病因や病態解明の一助となることを期待するものである。

 

A「うつ病とサイトカイン」 加賀谷有行 山脇成人

 

  本稿では「ストレスとされる出来事」が誘因となるうつ病について、免疫やサイトカインとの関連について概説されている。

 心理的なストレスやうつ状態が免疫能に影響を及ぼすかどうかについての検討については、1980年代に数多くなされている。対象喪失体験により、リンパ球幼若化反応やナチュラルキラー細胞活性が低下すると報告されており、心理的ストレスと細胞性免疫との関連が示唆されている。1990年代後半になると、自然災害の後に免疫能の変化が数ヶ月持続するという報告や、ベトナム戦争の帰還兵で外傷後ストレス障害やうつ病に罹患した患者では、戦後20年を経ても白血球数の高値が確認されるというような報告も見られる。以上のように、心理的ストレスが免疫能を変化させる可能性が考えられる。基礎研究においては、視床下部においてインターロイキンが、拘束ストレス負荷により誘導されることなどが報告されており、サイトカインがストレスに対する生体反応に重要な役割を果たしていると考えられる。

 うつ病における免疫学的異常の報告は1980年代から多くなされている。NK細胞活性に関しては、うつ病患者では、健常人やほかの精神疾患患者に比較してNK細胞活性が低下しているという報告が多くみられる。うつ病患者でリンパ球幼若反応が低下しているという報告もされている。このほかに、好中球、単球やリンパ球といった白血球数の数がうつ病で増加している。活性化T細胞がうつ病で増加している、急性期物質がうつ病で高値である、という結果も報告されている。

 がん患者を対象として、精神状態、免疫学的指標とがんの経過の関連を検討した報告がいくつか知られている。例えば、乳癌患者を対象にした検討では、患者の抑うつ、疲労感などが化学療法3ヶ月後のNK細胞活性の変動と関連していた。HIVに感染した患者では、痴呆や脳症とともにうつ病も生じることが知られている。また、慢性肝炎に罹患した患者に対するインターフェロン治療中に、うつ病が高頻度に出現して自殺念慮画強くなることから、インターフェロンがうつ病の誘引となっている可能性が示唆される。

 うつ病におけるサイトカインの検討としては1990年代後半から報告が増加しているが、血漿中のいくつかのサイトカインやその受容体の濃度の増加が報告されている。IL‐1β、IL‐6、腫瘍壊死因子の産生がうつ病で亢進しているという報告も見られる。うつ病患者において血漿中のsIL‐2Rが不安などの気分と関連し、TNF‐αが治療による気分の改善と関連する可能性を示す結果が得られている。ごく最近の論文では、うつ病患者でIL‐1β濃度が高値を示し、うつ病の重症度と相関したと報告されている。サイトカインの遺伝子多型に関しては、IL‐1α、IL‐1β、IL‐1Ra、TNF‐αの遺伝子多型と大うつ病性障害や気分調性障害との関連を示唆する報告がある。健常な高齢者の中で抑うつ気分の強い人では、血漿中のIL‐6とTNF‐αの濃度が高値を示したという報告がされている。この他にも、抑うつ症状の強い人では、インフルエンザワクチン接種後のIL‐6濃度の上昇が著明であったという報告や健常者に少量のLPSを投与したところ血圧や心拍数の変動は見られず、風邪様の症状も見られなかったが血漿中のIL‐1Ra、IL‐6、TNF‐α、s TNF‐αR、コルチゾールの濃度が増加し、抑うつ気分や不安が出現したという報告が見られた。

 多くの報告が、IL‐1が視床下部や海馬におけるノルエピネフリン、ドーパミン、セロトニンなどの活性を増強するという結果を得ている。TNF‐αがモノアミンの放出や活性を増強するという報告も多い。インターフェロンによるIDO誘導によるトリプトファン減少が脳内のセロトニンの量に影響を及ぼす可能性がある。この効果がインターフェロンによるうつ病の生物学的原因の一つと考えられるかもしれない。

 セロトニン神経系の変化とともに、視床下部‐下垂体‐副腎皮質機能の亢進は、うつ病における生物学的変化の重要な一つにあげられている。基礎研究では、IL‐1βが視床下部‐下垂体‐副腎皮質機能を亢進させることが示唆されている。臨床研究では、うつ病患者において慢性の視床下部‐下垂体‐副腎皮質機能亢進状態がIL‐6やTNF‐αの産生能を減弱させる可能性を示唆する報告がされている。

 抗うつ薬や気分安定剤といった気分障害薬が、BDNFやNGFなどの神経栄養因子の発現を亢進することが徐々に明らかとなってきており、その細胞レベルの治療メカニズムの一つとして神経栄養因子を介した神経細胞の保護・機能維持があることが示唆されている。

 以上のように、サイトカインはセロトニンなどの神経伝達物質、視床下部‐下垂体‐副腎皮質機能や神経栄養因子の機能を変化させることで、うつ病の発症や経過に影響を及ぼしている可能性が示唆される。さらに詳細な研究を重ねることにより、うつ病の治療や予防につながってゆくことが期待される。

 

4、    考察

ストレス社会の今、うつ病が急増している。その中でも特に働き盛りの30代が60パーセントを締めている。この背景には、合理化や効率化、成果主義による競争が激しくなっていることがあげられる。さらにコミュニケーションの減少、人手不足、長時間の仕事、変化する年齢構成やリストラなど、職場環境の大きな変化が影響している。これを受け、一部の企業がうつ病の予防や復帰支援に取り組み始めている。社員のストレス度を定期的にチェックしたり、コミュニケーションの場を設けている。またうつ病で休職している社員には職場復帰を支援する公共施設を紹介したりしている。

 また、ストレスを客観的に測定するために唾液を使ったストレス測定器が開発されている。これによりストレスと脳機能との間に密接な関係があることも明らかになってきた。さらに医療の現場でも活用され始めている。

 

5、まとめ

うつ病発症には、環境因、遺伝素因、身体因とが複雑に絡み合っている。まだまだ未解明な部分も多いが、研究が進むことでうつ病の予防と治療が進むことを望む。またうつ病を理解したうえで患者さんに向かい合える医師になりたい。